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綿谷 寛さん(イラストレーター)25th INTERVIEW No.6

おかげさまで麻布テーラーは 25 周年を迎えました。それを記念した本連載では、今まで私どもと深くかかわってくださった方々にご登場いただき、麻布テーラーに対する思いや私的なスーツ観などを伺っています。
麻布テーラー 25 周年を記念し、今まで私どもと深くかかわってくださった方々をインタビューしてきた本連載、いよいよファッションイラストレーターの綿谷寛さんのご登場です。
皆さんご存知の通り、麻布テーラーは、各メンズ誌で活躍される超売れっ子の “画伯” に、長年イラストをご担当していただいております。あの素敵な作品群が生まれた背景、そして麻布テーラーに対する思いなどをじっくり伺いました。

25th interview vol.6

お忙しい中、本日はご自宅まで取材に押しかけてしまい、恐縮です。

いえいえ。麻布テーラーさんのご依頼ですものね、断れませんよ(笑)。まずは紅茶を召し上がってくつろいでくださいな。ちなみにそのスコーン、女房が焼いたものなんですよ。

ありがとうございます。奥様にどうぞよろしくお伝えくださいませ。
では早速、本題に入らせていただきましょう。
綿谷さんと麻布テーラーとは長年のおつきあいとなりますが、そもそものきっかけは何だったのでしょう?

始まったのはたしか 2007 年でしたよね。メンズクラブさんのご紹介で麻布テーラーさんからお声がけいただいたんですよ。当時の広報部隊の面々が自宅まで来られまして。これからいろんなメンズ誌に広告を打ち出していきたいのだけれど、うちは既製服じゃないし、写真で服を見せるのは少し違うんじゃないか。思い切ってモデルを使って撮影したところで、ラグジュアリーブランドの広告にはかなわないだろう。でも綿谷さんのイラストだったら、麻布テーラーというブランドの世界観を表現できるんじゃないか、なんておっしゃってくださいまして。

当時から相当な売れっ子の画伯ですから、新しい仕事を挟むのは大変だったのではないですか?仕事を引き受けた決め手は?

ホラ、ボクは基本的に来た仕事は断らない性格だから。あとはやっぱり麻布テーラーの皆さんの熱意に心が打たれたんでしょうね。やるからには単発じゃなく、長く綿谷さんのイラストを使った広告を展開し続けたいと言ってくれたのも響いたな。普通、広告というものは、効果が今ひとつだとすぐに違う手を考えるものですが、ウチはそうじゃないと。すごい覚悟だなと思い、その情熱に共鳴したんです。

そこから 17 年のお付き合いになるんですね。本当に長い間ありがとうございます。

こちらこそです。世界的に見ても、一人のイラストレーターが長年ブランドの広告を描き続けるケースは稀じゃないのかなぁ。かつてアメリカには J.C. ラインデッカーという有名なイラストレーターがいました。彼はアロウシャツというブランドのために “アロウ・カラーマン” という広告キャラクターを長年描きましたが、それより長いと思う。もう 10 年ぐらい続けばギネスブックにも載るんじゃないのかしら(笑)

綿谷さんに描いていただいた作品群を改めて拝見すると、どれも見事にイラストだけで勝負しているんですよね。

そう考えるとそうですね。普通はシーズンのテーマなど、伝えたいメッセージを文章で入れるものなのにね。とても潔い。

綿谷さんのイラストには毎回、端正な顔立ちの男性キャラクターがメインで登場します。
彼の名前は「林 信彦」。表向きの仕事は総合商社の取締役ですが、じつは MI6 と FBI のどちらにも籍を置くエージェントなんですよね。この設定はどのように決められたのでしょう?

麻布テーラーさんとボクとで話し合って作り上げました。ちょっとジェームズ・ボンドの世界観に寄せておりまして。スポーツ万能で、女性にモテて、世界中に別荘があって、ときにスパイ活動もする……まさに男の夢を具現化した人物像。名家の出身という設定で、家系図まで作ってあるんですよ。ちなみにあの林信彦のルックスに関しては、モデルはいません。だからイラストを描くたびに顔が背妙に違う。スパイだから、毎回変装してるってことにすればそれもいいのかなと。

毎回素敵なシチュエーションでイラストを描いてくださっています。

シチュエーションについては、最初のうちは相当なムチャ振りがありましたよ(笑)。林信彦がダボス会議に出席するというシチュエーションで描いたこともあったなぁ。会議のちょっと前にスイスにつき、スキーを楽しんだ後、そのまま会場のホテルに直行したというやつ。

林信彦がスキーウェアを脱いでいる途中のイラストですよね。中にはタキシードを着ていて。

そうそう、ちゃんとストーリーはあるんだけれど、相当無茶なシーンですよ。しかもホテルの前には高級なクルマが止まっていて、後ろにはゴージャスな女性も描いて欲しいって

豪華な乗り物とゴージャスな女性は、このイラストシリーズの定番的な脇役。

大英博物館にヘリコプターで降りるイラストも描いた。大英博物館にはヘリが降りるところなんてないんだけどな、とか、ブツブツ言いながら(笑)。でもまぁ、そういう無茶を絵にするもなかなか楽しいんだけどね。そもそもイラストだから成立する話で、もしあのシチュエーションを写真で表現するとしたら莫大なお金がかかるでしょ?

モデルや撮影クルーのギャラ、レンタル代、ロケ費……絶対に無理ですね(笑)。まさに画伯の画力があるからこそ成立するファンタジーの世界。

最近は麻布テーラーのシーズンテーマに沿って描いて欲しいというオーダーだから、ずいぶんリアリティある世界になってきたけれどね。あ、これはロンドンオリンピックの時に描いた絵だね。林信彦が女性を伴って映画「007」の撮影現場に遊びに来たというシーン。だから後ろにいる男性を、少しダニエル・クレイグに寄せているんです。

私どものイラストはどのくらいの期間で描きあげるものですか?

毎回、余裕を持ってひと月半ぐらい前に依頼をいただくんだけれど、いつもギリギリになってしまいますね。手順としては、一度ラフを描いてチェックしてもらい、それにOKが出たら本番に取り掛かって……。最近はそのまま印刷所に納品ということも多いかな。あ、一応、印刷所に送る前にはLINE で担当者に写真を送っています。

直接印刷所に送っていただくというのは、改めて考えると、なかなかしびれますね。
よく今まで事故が起きなかったものだなと思います。広告代理店さんが間に入っていたら、絶対に認められない進行(笑)。信頼関係があるからこそできることでしょうか。

信頼していただいてありがとうございます(笑)

ところで画伯には今まで麻布テーラーでは何着かオーダーしていただいていますが、改めて私どものスーツの感想はいかがでしょう?

とても満足しています。仕事をいただいているから、おべっかを使っているわけではありませんよ。本音です。たとえばこのダブルスーツは 20 年以上前に作ったものなんですが、一番着ているんじゃないかしら。今のように定期的にイラストのお仕事をやらせていただく以前、ある雑誌の企画で麻布テーラーさんを取材したんです。そのときに作ったのがこれ。英国のサヴィル・ロウでスーツを仕立てたこともありますが、あれよりもこっちのほうが気に入っているかも。

今はないブリティッシュモデルという型紙で作られたものですね。生地はイタリア製。20 年前に作られたものなのに、芯材をほとんど入れずに仕立てたんですね。

軽く着られるダブルが欲しくてね。ラペルの幅は広くも細くもなく、ゴージ位置も低めの、どちらかといえば中庸なデザインなんですが、不思議と古さを感じないんですよ。だから似たような型紙で生地を変えて何着か作りました。麻布テーラーさんはボク好みのクラシックな生地を多く揃えているのもいいんだよな。25 周年を迎えた今では、生地はもちろんのこと、デザインや仕立てのバリエーションも随分と増えていますよね。ご発展、何よりです。

スーツ離れが叫ばれる中で私たちが生き残ることができたのは、画伯のイラストで私たちの世界観を伝え続けてきてくれたからです。

またまた~(笑)。でも麻布テーラーさんの 25 年の歴史に少なからず貢献できたとしたら、ボクも非常に嬉しく思います。

これからの麻布テーラーに望まれることはありますか?

おしゃれでありたいビジネスマンにオーダーの楽しさを伝えたというのは、麻布テーラーの大きな功績だと思います。それに加えて今後は、ボクみたいに毎日スーツを着ない人間に向けたスーツをもっと積極的に提案してもらってもいいんじゃないのかな。ボクのような仕事でも、たまにパーティや食事会に招かれるんですよ。そういうときに映えるものを作って欲しい。ビジネスにも使えるけれど、どちらかといえば大人の社交に映えることに軸足を置いたモデル。柔らかい仕立てのラグジュアリーな着心地のものだといいなぁ。なんでしたら一緒に考えましょうか(笑)。

いいですね! 画伯モデルとでも呼ぶべき新しいオーダーパターンを作るわけですね。とても魅力的ですが、開発までかなり時間がかかりそうなので、やるならまずは既製のジャケットなどがいいかもしれません。

それもいいねぇ。だとしたらマドラスチェックやパティックプリントの生地を使ったシャツジャケットなんてどう? 芯材も何も入っていないペラぺラな仕立てで、短パン、サンダルのような格好にさらりと羽織るだけでカッコよくキマって、暑い時は手に持っても全然苦にならないやつ。なかなかボクの気に入るものがないんだよ。柄はボクが考えますから。

それ。売れそうですね。いったん持ち帰って上のもの
本日はどうもありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。

こちらこそです。ここまで来たら皆さんで一緒にギネスブック登録を目指しましょう(笑)。

PROFILE

綿谷 寛(イラストレーター)

1957 年東京生まれ。セツ・モードセミナー卒業。
米国イラスト界の黄金期といわれる 1950 年代のコマーシャルアートの継承を目指す、日本を代表するファッションイラストレーター。
2007 年より麻布テーラーのシーズンイメージビジュアルを担当。愛称は画伯。