問わず語り「洋装と和装」

問わず語り「洋装と和装」

広島店野間です。洋装に携わる者として、日本人の国民性に大きく関わる和装を紐解くことでより一層洋装への理解を深められると考えています。

約7年間、Azabu Tailor Crest 仕立て職人の鈴木誠二氏(現代の名工・黄綬褒章受章)の直向きで情熱にあふれる仕事をすぐ側に感じられた環境は、私の中の職人や技術に対する尊敬の念を培わせるに十分でした。と同時に学んだことは、すべての上質な生地は立体的に仕立てられることを前提に作られているということ、またすべての優れた技術はその洋服を着る誰かをより魅力的にするために存在しているということです。アイロンの熱と蒸気によって生地をクセ付けし立体化することで三次元化した生地をさらに立体的に構築した芯地に沿わせ緩急を付けて縫い上げる技術はまさに手仕事の領分です。

元をたどればそれらは階級社会が近代で最大化した大英帝国下における、自然さえも人間の力でねじ伏せんとするアッパークラスの求めに応じて発展した側面があるように思えます。上衣のイングリッシュドレープにその思想が垣間見えます。その一方でイタリア的な軽やかなドレープには西洋社会のルネサンスにおける人間礼賛の思想にも通じる解放感や躍動感を覚えます。両者は剛柔という大きな違いがあるもののどちらも立体を重要視するという点において見解を一にしていると考えます。

一流といわれる海外の仕立てが現在でもアイロンワークから生まれる立体や曲面に秀でた美意識を宿す一方で、過去国内の工場縫製技術者は生産性の面からも美意識の面からも優れたパターンによる皺のないスーツを良しとしてきたように感じるのは私だけではないでしょう。また同様に国内の消費者もズボンプレッサーに掛けられる様な平面的なスーツを好み、今日においても縫製の良し悪しを身体に合うかではなくミシン目が均質かハンガー映えがするかといった表層に求めてはいないでしょうか。例外的には欧米列強に学んだ明治初期の政治家たちの装いや仕立てがそうですが、それらは日本が諸外国と同等に渡り合えることを示すために真剣に臨んで身に着けたものです。多くの日本人が他の民族と同等に造形美への意識が高いとしても、こと衣服に関しては潜在的に平面偏重であると感じます。もちろん羽織のように反物がたなびくドレープへの理解はあるにせよそれ以上に着物の備える平面という特質がその国民性と深く結びついているのだと思えます。

椅子に座る生活様式と床に座る生活様式はそれぞれ衣服をハンガーにかける文化と畳む文化に繋がります。個を尊重する価値観と和を尊重する価値観はそれぞれ最大限ウエストマーク等を個人に合わせて仕立てる裁断と洗い張りや別の人用に仕立て直しができる裁断に繋がります。

ビスポークに関していえば洋装は生地代よりも仕立て代のほうが高いことが多いです。一方で和装は仕立て代よりも明らかに生地代の方が高いです。何故着物の生地は高いのか、手間暇がかかるというその手間暇とは何なのかを調べる目的を持って旅にでました。

生活様式や価値観が違えばモノの捉え方が変わるのは当然です。同じ日本国内でも地域が変われば歴史や文化からして異なります。それらを深く学ぶために時間をかけて北は青森から南は沖縄まで染め織りの名産地を巡っています。なかでも「絣(かすり)」の技法には所が変わっても共通して見られる日本人のメンタリティが発見できてとても興味深いです。

実際に自分で染めや織りを体験し、伝統工芸士の方々や幾つかの呉服店に取材を行っています。掻い摘んだ工程を知って終わるのではなく、養蚕から始まり1本の絹糸がどういう経路をたどって布地となるのかまでを逃さず追いました。こんなに深く質問されたことがないと言われるくらい熱心に尋ねましたので皆さん考えながらも喜んで教えてくださいました。聞いてみるにつけ、そこまで関心のない人には言っても伝わらないから敢えて言うことはしない、というくらいに複雑な工程や技術、想いが潜んでいました。それらは確かにとても言葉では説明できないほど途方もなく緻密で繊細なものづくりであり、根気強く丁寧にモノゴトを探求する日本人の優れたメンタリティでもありました。

たとえば「大島は二度織られる」こういう言葉があります。着物で大島といえば鹿児島県の奄美大島で織られる大島紬のことを指します。では二度織られるとはどういうことでしょうか。

ご承知のとおり、通常我々が扱っている生地はスーツ、シャツ、タイに限らず経糸と緯糸とによって織られています。その経緯の浮き沈みにより多様な柄や質感を生み出します。そして大島の場合はこれが二度目の織りにあたります。一度目の織りはその前段階として、経糸緯糸一本ごとの定めたところにあらかじめ締め機によって絞り染めが施してあるのです。それらの染まっている部分染まっていない部分は織り上がりの柄を想定しそこから逆算して定められています。当然ながら織り機に経糸を据える際にも実際に杼を通す際にも精緻で本当に気の遠くなるような仕事が伴います。

ゴブラン織りペルシャ絨毯に並ぶ世界三大織物のひとつに数えられる大島紬の機織りを見たときに、これだけ手の込んだ仕事に取り組める日本人の精神性というものに感銘を受けました。と同時に日本人の知らない日本をもっと知りたいもっと知ってもらいたいという気持ちが生まれました。

絣の伝搬ルートを辿り日本各地の染め織りの産地を訪ね、風土や歴史と密接に結び付いた製法や生地を知ることで日本人が着物に何を求めているのか、日本人の衣服との関わりを明らかにする手がかりが得られました。そしてそれらの生地や装いは着る人の暮らしや心の持ちようを豊かにするためのものです。着物を纏い、その纏うものにふさわしい所作を身につければまたその振る舞いにふさわしい場所にも出かけられることでしょう。

洋服は袖を通してボタンを留めれば着られます。誤解を恐れずに言えば、誰が着ても着方は一通りです。他方、和服には着付けという言葉があるように上手下手如何様にも着られます。もし仮に、日本人にスーツに関する立体的な感覚が養われていないとしても、タイやポケットスクエアのあしらい方は潜在的に得意だったりしないでしょうか。これらは和服に通ずる、上手下手如何様にも結んだり挿したりできるという性質を持ったアイテムだと思うからです。それが出来ていないとすれば、それは着る側にどう着る(どう装う)かという思考プロセスが欠けているからではないかと思えます。

日本人の意識下に刻まれた和装への態度が現代のスタンダードである洋装においてどう働くのか。興味は尽きません。

 

野間剛

 

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