麻布テーラーの人々 吉里謙一さん(空間デザイナー)

「麻布テーラーの人々」と題し、麻布テーラーと深く関係のある一線で活躍をされている方々にお話をうかがう本連載。第一回目となる今回は、「麻布テーラー SQUARE二子玉川店」や「麻布テーラー CREST」などの店舗デザインを手掛けてきた空間デザイナーの吉里謙一さんにご登場いただきました。麻布テーラーの店舗デザインを通して、ご自身の仕事感やファション感などについて、教えていただきました。

人間同士のエネルギーが集まった、熱量が高まる空間

大手アパレルメーカーのショップデザインを担当されていらっしゃった サラリーマン時代を経て、2007年に独立をされたそうですが、 そもそも麻布テーラーとの出会いはいつ頃だったのでしょうか?

吉里さん:ちょうど独立して4年目の2011年でした。「麻布テーラー SQUARE二子玉川店」の内装デザインをお手伝いさせて頂いたのがスタートだったと思います。それまでは、社長の清水さんがデザイナー的な立場となって、店舗コンセプトやイメージを設計者に伝えながら店舗作りを行っていたそうです。清水社長自ら、弊社にお越しいただいてお打ち合わせをさせて頂いたことを覚えています。店舗に対して非常に明確なコンセプトやイメージをお持ちで、ヒアリングしていくうちに、事業に対するワクワクやドキドキするポイントが、私の中でも明確になって行ったことを、今でも鮮明に覚えています。

なるほど。店舗のデザインを考えるにあたって、 具体的にはどんなことを意識されたのでしょうか?

吉里さん:やはり商空間は、時代を反映して様々な機能と付加価値が求められています。しかし一方で、いつの世にも変わらないのは、人間同士のエネルギーが作用し合い、大きな相乗効果を生む場でもあるという事実。商業店舗をはじめ、コミュニケーションの現場となる空間デザインは、機能性や快適性といった、あくまで“人ありき”の要素の集合体として成り立っています。特に、集客が大きな目的である店舗空間のデザインは、どんなに洗練され、先進化しようとも、そこで働くスタッフや店舗を訪れるお客様にとって居心地が良く、動線ストレスのない造りであることが重要になります。その点を特に意識しました。

“ホテルの客室”のような、上質な大人の空間

“人ありき”のデザインとは、具体的にどのような空間でしょうか?

吉里さん:オーダーでスーツを仕立てることになれば、お客様へのヒアリングから始まって、採寸や生地選び、ディテールや仕様など、通常のアパレル店舗以上に、お客様の滞在時間は長くなります。じっくりとこだわって、スタッフとの会話を楽しみながら特別な一着を仕立てるための空間ですから、格式が高くて上質な大人の空間でなくてはなりません。そういう意味で、オーダーサロンのデザインは、“ホテルの客室”を設計するような感覚に近い部分があるのかもしれません。

なるほど。ラグジュアリーホテルの客室で過ごすように、 ショップの中で、ブランドの世界観やカルチャーを お客様に追体験もらうことも重要になるということですね。

左/「麻布テーラー SQUARE二子玉川店」の店内。右/「麻布テーラー CREST」のエントランス周り。ビスポークやオーダーといったキーワードにちなんだオブジェやディスプレイが店内を彩る。

「&C麻布テーラー梅田」のエントランス周りでは、オーダースーツのサンプルゲージやメジャー、タイを使ったディスプレイが顧客を迎える。右奥の壁面には、ブランド創業時からのアーカイブをフォトフレームで展示。オーダーへの期待感が高まる巧みな演出。

吉里さん:そうですね。せっかくの滞在時間を楽しく、特別感を持って過ごしていただくためにも、店内のあちこちに様々な仕掛けを施しています。例えば、カウンターに座っていたお客様が、ふと目線をそらした先に「オーダー」や「ビスポーク」といったキーワードに纏わるアート作品やアンティーク小物、手作りのオブジェなどを点在させることで、気持ちを和ませ、リラックスさせるような演出を試みています。そしてこれは同時に、麻布テーラーでは、簡単に早く手に入るという仕組みとは一線を置き、手間ひまかけたモノづくりを大事しているという、顧客へのブランドメッセージにも繋がっているのです。

オブジェひとつとっても、そこにはちゃんとした背景や ストーリーが隠されていたのですね。いずれの店舗も、 いわゆるクラシックな英国とは趣が異なり、さながらモダンブリティッシュといった雰囲気です。

吉里さん:仕立て服のカルチャーといえば、スーツ発祥の地としても知られる英国のサヴィル・ロウ、靴で言えばジャーミンストリートなどでしょう。英国を始め、ミラノやパリなど、定期的に海外の店舗視察にも出かけていましたので、本場の雰囲気をもとに、自分なりにイメージを膨らませることができました。クラシックをベースに、今の時代感を程よくミックさせたモダンな大人の空間を目指しました。

ビスポーク服には、普遍的な価値が宿る

海外視察とはいえ、サヴィル・ロウにまで足を運んでいらっしゃったとは。 ファッションも相当お好きなんですね。 ちなみに、普段からお仕事ではジャケットを着用されていらっしゃるのでしょうか?

吉里さん:そうですね。クライアントや外注業者、施工業者、大工さんなど、我々の仕事にはさまざまな人たちとのやり取りが発生します。良いものを創り上げるには関係する人たちとのチームワークがとても大切になりますから。なので、服装も相手方に合わせて様々。今は、上場企業であっても、社長様にお会いすると意外とカジュアルな装いだったりしますからね。仕事スタイルの幅がグッと広がったように思います。

因みに、今日お召しのジャケットは?

吉里さん:これは、確か銀座の「麻布テーラークレスト店」でフルオーダーしたものです。もう5〜6年ほど前になるかと思いますが、今こうして着用していても違和感はありませんよね。むしろ、着慣れてきたおかげで、表地や芯地がより身体に馴染んで味わい深い雰囲気になりました。当時、丁寧に採寸して頂きましたし、芯地もしっかり入ったインポート生地を使って、クラシックに仕立てて頂いたお陰だと思います。匠の手間暇を惜しまない縫製は、丈夫で美しいものですね。

やはり、本物にはいつの時代も変わらぬ価値が宿るのですね。

吉里さん:そうかもしれません。家具業界でも同様のことがあって、例えば、量販店の椅子を選ぶか、名作椅子を選ぶかは、個人がモノをどのようにとらえているかによるところが大きいように思います。名作椅子は誕生してから40年、50年とずっと人々から愛され、購入してから使い込んでいくほどに、より魅力が増して行きます。もちろん名作椅子は、量販店の椅子に比べて値段が3倍、4倍、それ以上しますが、ロングセラー品にはやはりその価値に見合っただけのクオリティやそれなりの理由がちゃんとあるものです。スーツも然り、本物の価値を理解することこそが、ビスポークをする上では重要なのだと思います。そんな普遍的な価値が、麻布テーラーのオーダースーツからは感じられると思います。

なるほど。確かに、そうかもしれませんね。

吉里さん:簡単に発生した新たな仕組みは数年で変わってしまうことを、店舗設計側でも見てきました。そういった意味で、古典的な価値を含みながらも進化を遂げてきたビスポークやオーダーの文化は、これから先もなくなることはないでしょうね。いつの時代になっても、誰が見ても普遍的で変わりがない価値を備えた仕事服は、着る人の自信を高め、その自信に裏打ちされた堂々とした立ち居振る舞いが、ますます信頼感を厚くすることにつながります。麻布テーラーのオーダースーツを通して、本物が持つ価値を、皆さんにも体感してほしいと思います。


𠮷里 謙一 さん空間デザイナー/ 株式会社cmyk 代表。

武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科にてインテリアデザインを修学し、株式会社丹青社に入社。 2007 年に独立しcmyk を設立。現在に至るまで1000 件以上のプロジェクトを手掛け、駅や施設などの商環境を中心に、物販、飲食、ホテル、レストラン、複合施設、ショールーム、住空間の設計からプロダクトデザインやブランディングまで多岐に渡る。DDA 賞(日本ディスプレイデザイン協会)、DSA 賞/日本空間デザイン賞(日本空間デザイン協会)、JCD 賞(日本商環境デザイン協会)、SDA 賞(日本サインデザイン協会)、APIDA(AsiaPacific Interior Design Awards)、Golden Pin Design Award(Taiwan DesignCenter)など国内外の受賞歴多数。
著書「にぎわいのデザイン 空間デザイナーの仕事と醍醐味