第一回服は「あればいい」、と思っていた。

以前から、服にはうるさかったのですか?

真山さん:いいえ、根本的に服に興味がない人間でした。学生時代から、一度も洋服にお金をかけたことはなかった。すべて本に費やしていましたね。「服は着ることができるものなら、なんでもいい」と考えていましたから。小説家デビューした後に、オフィシャルの場に出るときのために、オーダースーツを作ったことがある程度でした。

社会人になってからも、服はどうでもよかったんですか?

真山さん:新聞記者出身の私は、記者は貧相な服のほうがいいと考えていました。相手になめられるくらいのほうがいいのです。「みすぼらしいな」とか、「たいしたことないな」と思われたほうが、相手の警戒心が緩んで欲しい情報を言ってくれたりする。そういう職業なので、「いい服を着ている記者に、仕事ができる人はいない」、と私は考えていました。実際、当時の新聞社に、いい服を着ている同僚はいませんでしたから。小説家になってからも考えは変わらず、同じような姿勢で臨んでいたので、私の洋服代は取材相手の3分の1から5分の1程度だったかもしれません。

ですが、麻布テーラーとの出合いが真山さんを変えたのですか?

真山さん:きっかけは、4年ほど前です。ある雑誌で私自身の写真とルポが載ることになり、その雑誌の副編集長から「真山仁の着こなしを見直そう」と提案されたのです。「そろそろ、それなりの着こなしをしていただかないと! 読者の皆さんは、真山さんのすべてを見ているのですから…」、と口説かれました。それで、スタイリストさんと一緒に、ここにお邪魔したのが、初めての麻布テーラー体験です。最初は「麻布十番あたりにあるテーラーなんだろうな」と思っていました(笑)。

そんな麻布テーラーの初体験はいかがでしたか?

真山さん:頭のてっぺんから、ベルト、靴までのすべてを、スタイリストさんにコーディネイトしてもらいました。私は本当に立っていただけ。スタイリストさんに、「いずれこういうことを真山さん自身でできるようにならなきゃいけませんよ」と言われたのですが、正直、今でもよくわからないですね(笑)。

そこで仕立たスーツを着て、どうでしたか?

真山さん:麻布テーラーで仕立てたスーツを着て、講演会に登壇したりテレビ番組に出演する機会が増えたのですが、「痩せました?」と急に言われるようになりました。これはすべて、そのスーツのお陰だと思います。「脚が長くなった」「痩せた」と言われ、さらには「若返った」とも言われ…。正直、「いままで洋服をなめてたなぁ」と反省しましたし、衝撃を受けましたね。

それまで、本当に服には興味なかったのですか?

真山さん:自分の服だけでなく小説の描写でも、服は「ダークスーツ」という程度の書き方しかしていません。たまに、登場人物のキャラクターを深めようと「‎サヴィル・ロウの」という形容を加えたりはしていましたが、それは「サヴィル・ロウ」という言葉がもつムードがあればいいだけのことですので。そんな私が現在、麻布テーラーで仕立てた服を着ていること自体、4年前は想像もできなかったでしょう。

麻布テーラーの服が、真山さんの考えをどのように変容させたのですか?

真山さん:初めてお店に来たのは日曜日でしたので、お客さんがたくさんいらっしゃったのですが、そのお客さんもスタッフも若い方ばかりで驚きましたね。スーツを仕立てることに堅苦しく居心地が悪いイメージを持っていたのですが、麻布テーラーは、そんな私のテーラーに対する固定観念を崩してくれました。入った瞬間、居心地がよかったのです。基本的に私は、服に限らず買い物自体が苦手で、店に入ったら15秒で買って出ていくような人間なのですが、麻布テーラーでは気づけば長居をしていました。

採寸はいかがでしたか?

真山さん:いままでで、いちばん測る場所が多かったですね。でも、私は立っているだけで、手際よく迷いなく、どんどん決めていただいたので、とても楽でした(笑)。
スタイリストさんが、私に合うものを次から次へと選んでいくのを感心しながら見ていました。ポケットをはじめ、何から何まで。「ボタンまで選ぶのか?」と驚きの連続でもありました。正直、聞いていても何を言っているかはさっぱりわかりません。でき上がったスーツを見て、「あのときのポケットに対するオーダーはこういうことだったのか」と、はじめて気づきました。

実際、仕上がってきた服に袖を通したときの感想は?

真山さん:袖を通した途端、着心地のよさを感じました。お話したとおり、いままで服に対して無頓着で、着心地を気にしたことはなかったのです。ところが、着心地がいい服を着ると、着心地の悪い服とは何かに気づく。吊るしのスーツではお腹に合わせると肩が落ちてしまっていたり、やっぱりフィットしてないのですが、そういう今まで見て見ぬふりをしていた、服に対するストレスに気づかされましたね。いい服は、ちゃんと体を包んでくれます。そして、「着ているけど着ていない、自分自身と一体化している感覚」を与えてくれます。これが「服を着る」ということなのか、と知りました。

つづく


真山 仁さん小説家

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年『ハゲタカ』でデビュー。同シリーズはNHK、テレビ朝日とでドラマ化され、大きな話題を呼びました。その他、『マグマ』『ベイジン』『プライド』『コラプティオ』『黙示』『グリード』『そして、星の輝く夜がくる』『売国』など、著書多数。近著に『当確師』『海は見えるか』『バラ色の未来』『標的』『オペレーションZ』、そして2018年8月発売の『シンドローム』(上下巻)が新たに加わりました。

真山仁著『シンドローム 上・下』(講談社)、現在好評発売中です。 麻布テーラーは、上下巻ともに登場しています。 さて、どのページに登場するかは、読んでからのお楽しみということで。 >>> http://www.mayamajin.jp/books/syndrome_t.html

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