第二回服を進化させれば、発想も進化する

現在は服に対しての思いは変わりましたか?

真山さん:麻布テーラーでの体験は、私の服への思いを大きく変えてくれました。が、普段は相変わらずです。事務所では、「服は肌を包んでくれればいい」レベルの格好で仕事しています。麻布テーラーで仕立てた服は、私にとって完全に戦闘服。「真山 仁」として表舞台に出るときの相棒的な存在です。その服に袖を通したときに、スイッチが入るような。私の読者の中には、「頭のてっぺんから爪の先まで、私に『ハゲタカ』っぽくあってほしい」と思っている人は少なくない。「寡黙で怖い人であってほしい」という希望をもっている方もいるようです。ですが私は、全部反対ですからね(笑)。多くの読者は、私が作品の主人公と同じ嗜好で同じライフスタイルだと思っています。担当編集者と一緒に取材に行くと、取材先の方の中には編集者を「真山 仁」だと勘違いされる人もいます。私よりもいい服を着ていて、『ハゲタカ』っぽく見えたのでしょうね(笑)。

とはいえ、最近はコメンテーターとしての出演も増えましたが。

真山さん:いまNHK大阪局制作の関西地域限定の番組『ルソンの壺』に、コメンテーターとして出演しています。番組では『ハゲタカ』の真山 仁が求められているので、「作者がダラしない格好をしていたら、作品自体のイメージを損失させてしまう」と考えて、麻布テーラーにすべて衣装はお任せしています。不思議なもので、最初は「服に着られている」という感覚だったのですが、きちんとした着こなしを教わり、自分でも心がけていると、だんだんこなれてきたのか、「カッコよく着こなしていますね」と言っていただけるようになりました。

具体的なテクニックを覚えていったからですか?

真山さん:着こなしのテクニックよりも、立ち居振る舞いといったほうが正しいでしょうか。撮影中にスタイリストさん含め、スタッフが口にするのは、「姿勢が悪い」、「お腹が出ている」、「ネクタイが下から出ている」など見た目のことがほとんどです。「今日は良かった」というのは、「姿勢が良かった」という意味なのです。コメントの内容ではなく(笑)。

美味しい料理は、それにマッチした美しい器に載せてこそ、さらに美味しくなるといった感覚でしょうか?

真山さん:それに近いと思います。その大切さを、麻布テーラーは私に教えてくれました。表に出るときに麻布テーラーの服を着て、立ち居振る舞いまで意識するようになったことで、服のもつ存在価値と役割、その真意を学ぶことができたと思います。

日経新聞で麻布テーラーの広告に執筆していましたが、あれは名作ですね。

真山さん:ありがとうございます。これまで3回、ショートストーリーを書かせていただきましたが、「反響が良かった」と聞き、うれしいです。1000字の中で、どうやってシャツをテーマに書こうかと考えているとき、シチュエーションを様々出していくうちに気付いたことをショートストーリーにしています。私が伝えるべきは「服に着られるのではなくて、あなたが服を着なさい」ということだ、と。「服で、あなたの内面を表現してほしい」というメッセージを皆さんに届けたいと思ったのです。

スーツ×日経新聞読者という関係性に、真山さんの文章はかなりマッチしていますね。

真山さん:結局、男性が最終的に求めるのは、「ひと言もしゃべらず、強い存在感を放つこと」だと思うのです。会議で全然しゃべらないのに、なぜかその人に目がいくというのが、いちばんの理想ではないでしょうか。そのためには、仕事での実績はもちろん、ふさわしい出で立ちも必要となります。そのシチュエーションを小説の中の一部分のような雰囲気で見せることによって、皆さんにわかりやすくお伝えできれば、と思います。あとはファクトですね。「なぜ麻布テーラーの服がいいのか」を文字の力で表現しなくてはならないのですが、たくさん説明すると、読者はシラケてしまいます。まさに、ここが文字の力の見せ所。ほんの1、2行でいい。麻布テーラーの服へのこだわりを表現し、その行間から読者自身がイメージを膨らませてくれれば、成功です。

つづく


真山 仁さん小説家

1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒業。新聞記者、フリーライターを経て、2004年『ハゲタカ』でデビュー。同シリーズはNHK、テレビ朝日とでドラマ化され、大きな話題を呼びました。その他、『マグマ』『ベイジン』『プライド』『コラプティオ』『黙示』『グリード』『そして、星の輝く夜がくる』『売国』など、著書多数。近著に『当確師』『海は見えるか』『バラ色の未来』『標的』『オペレーションZ』、そして2018年8月発売の『シンドローム』(上下巻)が新たに加わりました。

真山仁著『シンドローム 上・下』(講談社)、現在好評発売中です。 麻布テーラーは、上下巻ともに登場しています。 さて、どのページに登場するかは、読んでからのお楽しみということで。 >>> http://www.mayamajin.jp/books/syndrome_t.html